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『拾ケ堰』とはなんぞや?

 6月30日(土)



 こんにちは!久しぶりに登場!『モケのり』ですっ!ヾ(*´▽`*)ノ オヒサァ♪

  つまらない記事を書き過ぎて、更新回数を減らされたわけじゃありませんよ~!

  相変わらず体調を崩して、寝込んでいたわけでもありませんよ~!

  ブログ担当スタッフが増えただけですから~(´∀`) …多分




  言い訳はこのぐらいにして…。


  いやぁー!梅雨明け間近の安曇野市、いよいよ夏本番ですな~!

  動物やら植物やら昆虫やら、生命に満ち溢れておりますよーヽ(*´∀`*)




  そんな中、独りお家に引きこもるわけにも行かず

   目的のないお出かけを実行していると…。

『拾ケ堰』とはなんぞや?

   そう、安曇野市民なら名前くらいは必ず知っている・・ハズ。

   さらに、ここでは「十ヵ堰」と表記されております…

   その上、この日は天気が悪く、これは去年の秋の写真…。


  久々の登場でいきなりズタボロの「モケのり」ではありますが…(笑)


   
  さて、本題へ。

   『拾ケ堰』(じっかせぎ)とはコレです。

『拾ケ堰』とはなんぞや?

   ん?橋?川?用水路?

  そうです!『拾ケ堰』とは

   拾ヶ堰(じっかせぎ)は、安曇野を流れる灌漑用に作られた用水路(堰)である。

   正式名称は、拾ヶ村組合堰。

  江戸時代後期の1816(文化13)年に完成、全長15km 

  勾配は約3000分の1 標高差はわずか約5m



  6万7千人を動員し、約3ヶ月で工事を完成させるという

  時代背景からは想像できない早さ!

  しまいには船まで浮かべて流通経路として使用していたんですっ!松本までっ!


  名前の由来は「10の村を潤す堰」という事から、『拾ケ堰』となったとか。


  
   うーん(・∀・;)

   今の安曇野市の人口が約10万人。

   その半数以上の人が手作業で用水路作り?

   3ヶ月で?


   何かの間違いじゃあ・・・(・・;)

『拾ケ堰』とはなんぞや?


  そうか、現在の安曇野の美しい景色、恵まれた土地は

  先人達が作りだしたものだったんだ。

  当たり前に思っていた事が、もの凄く大切に感じる。




  安曇野に住んでいた、江戸時代の人々の夢

  自分たちは叶える事ができているのだろうか・・。

『拾ケ堰』とはなんぞや?

  記事を書きながら、なぜか胸がいっぱいになり

  恥ずかしながら涙してしまった『モケのり』でした・・( ノω-、)クスン

 


安曇野の旅行に ホテルアンビエント安曇野

  

  

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